貨物駅があった時代、全国から運ばれた荷物の運送ターミナルとして機能したのが、西側エリア(現在のイタリア街 )でした。 このエリアには昔から住み続けている人(地権者)が多く、再開発の話が持ち上がったとき、江戸時代から続くこの地を未来にどうつなげるか、住民が一体となり話し合いを繰り返したそう。